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「八王子の歴史と文化を尋ねる」その11

歴史を刻む峠道

CEC社内報「CHUO」 '98 VOL.15 より


多摩川の支流浅川に沿って東に平野が開けている八王子は,北, 西,南はそれぞれ,多摩川・秋川と川口川・浅川にはさまれた加 住丘陵,陣馬・高尾山を中心にした関東山地の東南端,南にゆる やかにひろがる多摩丘陵といった小高い丘陵地に囲まれており, 三方に抜ける道筋は,今でこそ整備されていて,車でアッという まに 通り過ぎてしまいますが,昔は結な峠道だったはず,笹子, 大菩薩とまでいかないにしろ,商人や旅人にしてみれば,ちょっ とは難儀を感じる往還だったのではないでしょうか。
今回は,開発の波にのまれて大きく様変わりしている峠道に,わ ずかにのこるその面影を求めての探訪です。
注意:
写真は CHUO に掲載されたものとは異なります。
位置はすべて MapFanWeb インターネット地図検索サービス を利用しています。

戸沢峠 | 小峰峠 | 駒繁石峠 | 小仏峠 | 御殿峠 | 七国峠 | 大垂水峠 | 野猿峠 | 和田峠

戸沢峠

秋川街道上川町から美山(みやま),下恩方(しもおんがた)に抜ける道筋は戸沢峠 位置) をこえることになります。 峠は標高248米,現在は都道61号上川口宮の前線。 その昔秩父から鎌倉に通ずる鎌倉街道の一つがこのルートであり, 交差点の少し手前の小道の脇にある戸沢観音堂の前に, 鎌倉街道と記した石碑がたてられています。 位 置
鎌倉古道碑 脇道に鎌倉古道の碑が立っている
1984年にこの都道が完成し,現在はご覧の通り, 大型ダンプの行き交う道ですが,その昔は雑木林をめぐる緩やかな 上り下りの峠道であったことが想像される風景です。
戸沢峠 今は幹線道路で大型車が行き交う

小峰峠

加住(かすみ)丘陵とよばれる秋川の南側に沿って,東西にのびる丘陵地の西端を 南北にこえるのが小峰峠 位置)。 峠の標高280米,上川町と五日市の留原(とどはら)を結ぶ街道ですが 大正2年にトンネルが開通し,峠道はこのトンネルのうえになっています。

駒繁石峠

別名を網代坂,または山田峰越えともいう,上川町関場から五日市網代に抜ける坂道で, 古くは秩父街道と結ばれていた鎌倉街道の山の道であったそうです。
戦国の武将,畠山重忠が馬を繋いだといわれる岩があり, これが峠の名の由来なのだそうです。 現在は上川霊園 位置) の敷地内にあり,街道の面影はありません。

小仏峠 小仏峠のタヌキ

裏高尾と相模湖町(旧与瀬)を結ぶ昔の幹線道路 位置)。 標高548米(峠の碑では560m), 風土記に『峠の頂に小像の地蔵あり,故に名とす』とあり, また武蔵図絵には『富士峰を掌中に望む』と記されており, 富士山の眺望が良かったところから,富士の関,富士の峠の 別名があったそうです。
小仏地蔵 峠の守り神 小仏地蔵
また,戦国期には後年関東4関のひとつといわれたように,軍事の要衝でもあり, 当時八王子一円を支配していた北条氏照(うじてる)は,対武田を想定した, 鉄砲30,弓30計60人の守備隊が常駐する西の防衛の拠点として この地に関所を設けました。
後年,この関所は山麓の駒木野(こまぎの)に移されますが (小仏関所), 甲州街道が大垂水(おおだるみ)越えになるまでは, 甲州に向かう幹線道路でした。 現在は,峠の下に,JR中央本線小仏トンネル全長2545メートル, 中央自動車道小仏トンネル全長1619メートルが走っています。

御殿峠(ごてんとうげ)

現在は国道16号線で,市内でも交通量の多い街道の一つ 位置)。 風土記/武蔵図絵によると,旧道は杉山峠と呼ばれていたとか。 鎌倉街道としても利用されていたようですが,今は開発が急ピッチで進められており, その当時の面影をもとめるのは至難, この街道の東側に,約1キロほど保存されている鑓水峠(やりみずとうげ)と呼ばれていた 絹の道で, わずかながら当時のたたずまいを体感できるかな,と言ったところでしょうか。 この峠は八王子片倉と町田市相模の間にあり,標高190米。 昔は16号の東,車石あたりから峠に入り, 尾根伝いに境川に抜けるルートだったそうです。
この峠には,明治初期自由民権運動の同志がここに集まり, 行動を起こさんとして不首尾におわった歴史も残されています。

七国峠

宇津貫町(うつぬきまち)と大船町の境に位置する峠 位置), 昔は秩父から相模にぬける往還の一つであり,標高223米, 風土記によれば峠の頂上からは『武蔵,相模,伊豆,下野,安房,駿河,常陸』の 七国が望見できたことから,七国峠の名がつけられたといわれていますが, さて今はどうでしょう。

大垂水峠(おおだるみとうげ)

現在の国道20号線が通る峠 位置), 1883年(明治13年),西に向かう甲州街道は 小仏峠から この大垂水にかわることになり,以来,甲州,信州へ向かう大動脈となりました。 標高389米,春は桜,夏は緑,秋は紅葉と折々の風景が楽しめる山岳道路です。
大垂水峠 大垂水峠上の歩道橋は 関東ふれあいの道

野猿峠(やえんとうげ)

猿丸峠とも言う(旧称),絹ヶ丘と下柚木の間にある緩やかな坂道がそれ 位置)。 頂上は標高160メートル。武蔵図絵によると,このあたりの山並を猿山,猿丸山と いっていたそうで,いかにも深山幽谷を思わせる地名ですが, 現在はご覧の通り住宅街,峠の頂上をすぎたあたりからやっと山道らしい風情が ひらけてきます。

和田峠

数ある峠道の中で最も峠らしいのがこの和田峠 位置), 標高688メートル,八王子からの呼び名は案下峠(あんげとうげ), 和田峠は相模からの呼び名とか。 昔は武蔵と甲斐を結ぶ交通路であり,江戸期にはいっては, 甲州街道の裏街道として利用されていた街道です。 現在は八王子恩方から林道が開発されていて, 陣馬山 の登山路として親しまれています。 峠頂上からは八王子の街並みが一望のもと, 天気がよければ遠く都心も望見することもできます。 峠をこえれば今は,神奈川県藤野町佐野川,さらに山梨県上野原町に向かって 林道が整備されています。
  峠にある和田林道完成記念碑【写真

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Up 12. 八王子の城趾を尋ねて
10. 縄文・弥生・古墳の遺跡

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